PRJパイオニア・ラン・ジャパン 2008

2008年4月27日日曜日 大谷資料館

春が近づいてくると、なんか待ち遠しい事があるというのは素敵なことだ。

桜が咲く、とか楽しい恒例の催しものがあるとか・・・


東武練馬の「らびっと」に遊びに行った時の事。僕はいつものようにココアを飲みながら

そこに集まる古いもの好きなお客にまじりバイクの話なんかをしていた。

店主の浜さんが「こんどのパイオ二アランには来るの?」と聞く

そうだ、何年かぶりに出かけて見るかという気持ちになった。

もう、2000年のことだけれど、ベスパのフェンダーライト125で出かけたときに

帰り際呼び出されて、「グッドラスティー賞」?だったか、自然に錆びててよろしい!

という賞のトロフィーを頂いた事があった。こころにゆとりのある主催者だと思った。

というわけで、4月の27日(毎年4月の第4日曜日が雨でも開催される)を楽しみにしたのだった。






朝5時半には起きた。なんせ陸王で行くのだから早起きしなきゃ

走り出してみてあまりの寒さにレインスーツを着込む。まるで冬だ。




東北道路で鹿沼まで行く。そこから大谷方面にでて、大谷資料館というところ

までいくのだ。家から100キロ位だろうか。高速道路にはツーリングの人が沢山いたけれど、

陸王に関心を寄せる人はいない。そして、乗ってみたいと思うようなバイクにも出会わない。






鹿沼で降りて、20分もすれば大谷の町の中にはいる。

蔵が大谷石で出来ているので大谷の繁栄の様子がわかる。





最近、「和の心」と言うのか、寿司屋の内装などに大谷石が見直されてきている。

昔は家の土台とか、塀などが主な用途だった。つまりブロックというコンクリートの

実に殺風景なものが出来てからというもの、凋落の一途だった。


大谷石も、黄ばんだシミだらけのものから、白い青みがかった高級なものまである。

ガレージなどに大谷石を敷き詰めれば、雰囲気は一変するはずだ。


大谷石の断崖!というふうに見えるけれど、この山が全部一個の石だと思えばいい。

てっぺんから、僕の足元まで丁寧に採掘されてきたわけだ。この資料館の地下にも

ピラミッドのような採掘空間が巨大なビルほどの容積で広がる。

この日の夜はロックの演奏があったそうだ。






会場についたら、先に一台陸王がついていた。自走で近所から見えたという。

オリジナルのRTUだ。日ごろの足だそうである。




こどものころの昭和30年代。夕方になるとラヂオから「赤胴鈴乃助」のテーマが

流れてきた。(かすかな記憶) そしてテレビが始まると「月光仮面」にかじりついた。

「月光仮面」はそもそも漫画だ。(とおもう)映画にもなった。このバイクは

当時としては高嶺の花のスポーツモデルであった。オリジナルよりもすこしだけ

明るく塗ったとオーナー氏は言われていたが、いい感じ。

このバイクを語るとき、昭和の少年たちには「月光仮面」を思い出させるのだ。




「このエンブレムが出っぱってるのが・・・・」云々

語る語る・・・!




オーナー氏曰く、若い頃これが憧れでも買えなかったという。そうだ、昔はバイクが

高級品だったからね。 板金屋さんだそうで、排気管は錆びたものを再生していた。

マフラーのカバーまで自作。愛情のほどが知れる。






カブ号発売50周年だそうで、主催者曰く

「別冊MC」にそう書いてカブが来なかったらどうしよ!と思ってましたが(笑)」




別冊モーターサイクリストでCB450のレストアをやっていたが、それがこのCBだ。

初期型の鯨タンクと言われたモデル。いい音いしてました。 

別MCの若い記者さんが
一人でやってきていました。お昼など一緒できました。

BMW75はらびっとの常連客仲間のもの。ご夫婦で見えていた。記者さんが撮影してました。




その記者さん。を取材・・・





さて、これは珍しい。

調子もよかったが、実にいい音がする。すっかり気に入って欲しくなった。

サイドバルブのハーレーなんか!とあなどるなかれ。

このエンジンこそがハーレーのレーサーの根源。

スポーツスターの元祖なのだ。







これはパリラ250

宇都宮の飛行場での大昔のレースの時は国産車をこてんパン

にのした。この土地には因縁があるのだ。






あなめずらしや、陸王の250だ。

レストア半ばだというが、素晴らしい出来でした。

BMWを参考にしたのは、他の国産と同じようだが、陸王風のデザインといい、

エンジンなどまったくの別物。コピーではない。


ヘッドを陸王風にしたところが、陸王にあこがれるユーザーへの配慮か。






シャフトドライブなどR25辺りを参考にしたようだ。

この前に350tがあった。それが初めで250tは後で出てきた。


しかし、時遅すぎて、シングルの時代は終わってた。オマケに陸王は値段が高くて

コストダウンに頑張ったが、350ccのリアのスイングアーム式が250ccはプランジャー式と

昔風に
もどるなど不評だったようだ。 陸王いわく、スイングアームもそれほど優位な

方式でもなかったので軽二輪にはこれが最適としたと。 確かに未舗装と悪路、荷物運び重視の時代に

スイングアーム、と言ってもその差が感じられなかったのは無理もない。






バンパーにくっついている、黒いものは「アポロ」という会社の手動式!方向指示器。

ハンドル付近のレバーを引くと、赤い矢印がペロっと出てくる仕組み。



参加車種は雑多。

数年前まではもっと沢山国産車が集まったものだ。ちょっと高年齢化もあり?

寂しいかぎり。もっと営業努力が必要かな!

だから、ここで紹介しているんだけれど。来年は貴兄もどうですか?

ネットで拾ったサイト

http://lion.zero.ad.jp/~zas90507/triton/top.htm

http://lion.zero.ad.jp/~zas90507/triton/PRJ18th.htm

http://yahey72.cool.ne.jp/dream70/my_dream/72diary_02a.html

http://wing.zero.ad.jp/~zas90507/triton/cbcfreemarket20020421.htm







国産車といえば、このメグロS8が来なきゃ。

しかし、メグロはたくさん来るものだと思っていたがこれ一台きり。

しかし、このオーナーさんはメグロの社員さんで貴重な工場の写真を持参してくれました。





さすがですね。実に綺麗でオイルも垂れない。素晴らしい。




栃木県の烏山と言うところに戦時中はメグロが疎開していました。

(疎開 そかいとは戦火を逃げて引っ越す事。)

だから会場の栃木県とは関係が深いのです。


研究家のHP


http://members.ld.infoseek.co.jp/meguro_works/meguro_history.files/history15.txt





これが4枚の写真です。
















紹介が終わると、各自日光の杉木立の中を走って戻ります。

途中の蕎麦屋でお昼ご飯を食べて戻ったら、すっかり終わっていた。

両脇をうっそうとした杉並木の中を走るのは気持ちいいです。

日光はすぐそばです。






陸王で往復200キロ、高速がほとんど。くたびれた

高速では70キロまでで押さえた。だから遠いこと。


20年以上昔に、中央道を80キロで走ってて、カットアウトリレーがいかれてて

過充電をおこしたり
ダイナモが焼けてしまったりしたものだから、慎重に走った。

高速で走る→タイムトンネルなどに出ると、いっぺんに悪い所がわかる。

陸王もホイルバランスが狂っているのがリジッドだから丸ばれ!

買うときに綺麗でなくとも、高速道路でツーリングをしていたような旧車は大丈夫である。


さて、来年の春までさようなら。

それにしても誘った浜さんの「らびっと」は来なかったぞ!

 同日に行われたどこかのフリマの
魅力に負けたのでしょうか(笑)



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